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1995年1月14日より1996年2月24日にかけてフジテレビ系列で放送された。全55話。原作(ファーストステージ)をベースにしているものの、舞台設定や一部のキャラクター配置(黄純など)が大きく変わっている。 制作したスタジオぴえろによると本作は「CFD が分かりやすいことからローエイジからのうけがよく、このため『幽遊白書』に比べ、ターゲット層が広い」としている。 キャラクターデザインを担当した西尾鉄也による忍者のイメージを高度に表現した演出は高度に完成されており、現在でも極めて高い評価を得る。 ジャンプアニメは、編集や原作者からの注文が多いのが業界内での常識だそうであるが、この作品のキャラクターデザインに関しては、一切それがなかったと西尾は語っている[1]。 第41話「里穂子の涙・父のおもかげ」は他の話と違い、キャラクターデザインなど作画の雰囲気が異なっているが、これは意図的なもので、西尾はそうとは知らずに、この回の作画監督である吉原正行によって直されたことを、外貨預金 に思いながら原画を描いていた[1]。 テレビアニメの平均視聴率は12.6%、最高視聴率は22.1%だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。 アニメ放送中の1995年7月15日には『'95夏東映アニメフェア』の一環として、劇場版『NINKU -忍空-』が公開された。 物語が始まる7年前、将軍家による帝国制復興を目指す帝国軍と、それを阻止すべく民主勢力からなる共和軍との間で戦争が勃発。国を二分する戦いとなった。3年後、国内は荒廃し、帝国府は忍空隊と呼ばれるわずか数十名の隊員で構成される部隊によって壊滅寸前にまで追い込まれていた。しかし、忍空隊を率いていた麗朱は突然忍空隊の解散を命令し、そのまま姿を消してしまう。帝国府はかろうじて大戦に勝利するも、戦後、忍空の力を恐れて討伐に乗り出す。元忍空隊の風助は幼い時に連れ去られた母親を探すため旅に出て、様々な境遇の人々と出逢う。 戦争終結から3年が経ったEDO歴3年の帝国内各地が舞台である。 帝国府は悪政によって国民を苦しめており、食料が豊富に取れる村では帝国府にセミナー を強制的に徴収(献上)され、村人達は満足に食べることが出来ないほど貧しい生活を強いられている。 帝国内には日本人が多く住み、横浜 土地 の名前も日本風が多い。しかし、西洋風の人も民間人・帝国軍に存在する。言語は現代語と同等の日本語が用いられている。衣服についても、放送当時の現代風なものから、近世に見られるような着物や、洋服・チャイナ服まで多種多様。 建造物は教会や民家などヨーロッパ風なものが多く見られ、一方で和風、はたまた西部劇に出てくるような街まで存在する。 また、多くの勢力があり、マフィア・ヤクザや海賊、忍空とは別の忍者(それも多くの流派がある)が存在する。 このことから多民族・多人種・多宗教を内包しつつ、壮大な領域を統治する国家という意味での帝国といえる。 文明はそれなりに発達しており、電話・蒸気機関車などの公共、重機関銃・戦車・航空機(単葉機)などの兵器が存在している。戦車と航空機のデザインから、第二次世界大戦前の1930年代が元になっていると思われる(しかし、1940年代に開発されたジープが劇中に登場するため、明確には断言できない)。また、第35話に登場した元エースパイロットの老人である源太郎が、30年前の回想に登場した戦闘機が複葉機であったことから、実際の歴史とは少なくとも10年以上は技術進歩が遅れている。 機銃の砲塔とゴムタイヤを装備した4輪車。前線に必ずと言っていいほど、下記のデータ復旧 と一緒に登場することが多く、その度に数多くの車両が風助達の手で破壊されており、やられメカ扱いされている。また、非武装で6輪車の別車種もあり、バサラ(黄純)大佐がアジラダ大佐のいるムルブ砂漠の要塞城に向かう時に搭乗するなど、こちらは輸送車として使用されている。 軍用トラックに大口径の砲を設置した姿をしており、装甲などは一切付いていない。上記の装甲車と同じく多くの前線に登場しては、風助たちに撃破されるやられメカを演じている。砲は走りながら射撃をすることが可能で、対空砲としても使用している。 陸上戦艦 正式名称はA一○一(エー・いちまるいち)型陸上戦艦。変形移動可能な大型要塞として大戦中に開発されていたが、膨大な人手と費用がかかることと開発中に終戦を迎えたため、未完成に終わった。陸上戦艦について詳しく解説する里穂子に感心した橙次に対して、里穂子が「新聞読んでれば常識」と言っていたことから、一般に報道公開されているようである。 外観は用途から巨大建造物に大小様々な無数の砲塔と、無限軌道を設置しており、艦橋と煙突からかろうじて戦艦としての面影が見える。塗装は黄色。数ある武装の中でも強力な、大人の背丈の2倍近くある大口径のメガロ砲を正面左側に装備している。 未完成の機体をアジラダの作戦司令部として、ムルブ砂漠の「要塞城」に利用。本体の約半分を砂漠に埋め、本体にレンガ壁の建造物、周りに城壁と地雷原を設置するなど建造物としてカモフラージュしていた。アジラダは自分の部屋の床下の水槽にサメを飼っていた。 第6話で風助達に襲撃され、通風孔と勘違いした藍?に促されて、風助・ヒロユキ・里穂子はメガロ砲に侵入。そのまま、藍?に向けて発射されるが、脱出した風助の風圧掌によって弾丸の向きを変えられ、艦橋をかすめて右後部に被弾。風助たちは内部に侵入し、帝国軍に寝返った黄純と対面した。第7話にて、動力室に火が回ったことを知ると、アジラダは操舵を外部の環境に変更し、爆薬庫の開放と5分以内の退避を命令。移動砲撃用に変形させることで、忍空と快く思っていないバサラ(黄純)を閉じ込め、爆殺しようとするが失敗した。アジラダはこの時、陸上戦艦を「無用の長物」と評していた。 第47話からは、ガウニーによって「完全バージョン」として完成され、将軍家を支援するアジラダの作戦司令部として登場した。最初は帝国軍の防戦に徹していたが、コーチン大僧正にEDO城を破壊され、アレクの安否を按じたため「空中戦艦」として、浮遊して敵陣を強行突破した。流血の塔に接近し、応戦しながらアレクの救出に試みる。その光景を見た里穂子が「どうやって飛んでいるの」と突っ込んでいたが、実際は何隻もの飛行船で陸上戦艦を吊り上げているだけで、厚い雲で飛行船が見えないだけであった。しかし、コーチンはそれを見破っており、飛行船に攻撃を加えられて操縦不能になり、コーチンから背後に第二撃を受け墜落、大破した。劇中でガウニーは陸上戦艦を「私の最高傑作」と呼んでいたことから、大戦中に陸上戦艦の開発に携わっていたことが解る。また、完全に爆破されたムルブ砂漠の機体を再生するには、時間的に無理があることから、これとは別の機体が存在していたことも窺わせる。 漫画雑誌「少年」(光文社)に1964年〜1968年、「コロコロコミック」、「てれびくん」、各「小学館の学習雑誌」(以上、小学館)に1981年〜1988年にかけて連載された。 ハットリくんが忍者の里、伊賀から東京に出てきて、三葉家に居候することになり、いろいろな騒動を起こす物語。三葉ケン一との友情も描く一方で、いろいろな忍術を紹介している作品でもある。現代社会にそぐわない忍者が登場することで、その作品に面白みが増している。 旧原作やモノクロ実写版、アニメ版は生活ギャグ中心のストーリーで、新原作(現在の単行本では『新忍者ハットリくん』というタイトルである)では様々な忍者のライバルが登場して戦ったり、連続ものの冒険物語もあったりとバラエティに富んだ内容となっている。藤子・F・不二雄とコンビ解消前には『パーマン』とも共演し、劇場版アニメ(詳細はアニメの項目を参照)とその原作(執筆は藤子A)も作られた。なお『パーマン』との共演作は、てんとう虫コミックス版には収録されているが、権利問題のためか現在発売されている単行本には収められていない。 作者である藤子不二雄Aは、自分の作品の中では一番のお気に入りだという。1960年代の「少年」連載時代でもかなり力を入れて執筆していたが、連載途中で同誌は休刊となってしまった。そして1981年、一連の藤子アニメブームに乗り、アニメ化が決定されると1980年代に合わせた新設定で連載を開始。作者はアニメ版の声優の個性溢れる演技に感銘し、筆が進んだと語っている(文庫版あとがきより)。新原作は月刊誌連載ではあるが、藤子A作品の中ではもっとも長期にわたり連載された。このシリーズは1988年に、旧シリーズから足掛け20年近く掛けて、初めて最終回が描かれた。 現在、単行本にも収録されている「みたか! しったか! ハットリ打法」では、ハットリくんが野球の腕を披露し、そこで「野球は忍法に似ている」、「王(貞治)、山本(浩二?)、掛布(雅之?)なら忍者になれる」という主旨の台詞を言っており、ケン一が想像した忍者の服を着た3人の似顔絵まである。最後のコマの下に書かれた附記によるとこの回は「少年」の1965年(昭和40年)3月号掲載らしく、1968年初版のSUNDAY COMICSでは、3人は「長島、広瀬、吉田」となっていた(似顔絵もその3人のもの)。1982年にてんとう虫コミックスで発刊された際に、当時の読者に配慮して(王貞治の読売ジャイアンツ現役期間は1959年から1980年まで、山本浩二が広島東洋カープに入ったのは1969年、掛布雅之が阪神タイガースで現役を始めたのは1974年頃である)、修正されたものと思われる。さらに最近の新刊では「清原、イチロー、松井」に再変更されている。